2007年09月22日 16:07
天真正自顕流とは
天真正自顕流(てんしんしょうじけんりゅう)は、十瀬与三左衛門長宗が開いた剣術流派。 [[示現流] [野太刀自顕流]]の源流派として知られる。
十瀬与三左衛門長宗が、飯篠盛近に師事して(飯篠盛信に師事したとする伝承もある)天真正伝香取神道流を修行し印可を得た後、鹿島神宮に参籠し、天真正自顕流を開いたとされている。
名称の意味は、流儀名の始めに鹿島香取明神の意味である天眞正を、次に、流儀尊祖である自一坊の一字【自】を頭に、次の一字を顕幸先師の【顕】としたのである。
流儀を創始した長宗は、その後、諸国を巡り最終的に薩摩の地に至り、瀬戸口政基と改名した。 薩摩伊王滝に於いて見性悟道に至った長宗は、そこで流儀名を【天眞正自源流】と確立したのである。
十瀬長宗は、天真正自顕流を金子盛貞に伝授し、更に寺坂政雅に伝えたとされる。寺坂政雅は出家して善吉と名乗ったが、この善吉こそが東郷重位に天真正自顕流を伝えた人物である。
善吉は、京都の天寧寺の僧であったが、1588年(天正16年)、天寧寺に参禅に訪れた東郷重位に、その伝える剣技を相伝した。東郷重位が薩摩に帰国後、天真正自顕流を自らの工夫を加えて示現流を創始した。 その後、善吉は天寧寺の三世となり、閑翁と号した。1594年(文禄3年)、遷化。
一般に示現流から野太刀自顕流が分かれたと考えられがちだが、示現流は薩摩の御留流であり示現流から分化したわけではない。 薬丸自顕流は薬丸大炊兵衛兼陳入道如水が18代瀬戸口基広から天眞正自源流を継承し、 薬丸家に伝わる野太刀流と組み合わせ新たに立ち上げた流派である。
天真正自顕流 - Wikipedia



